『従順さのどこがいけないのか』
将基面貴巳(2021)ちくまプリマー新書出版『従順さのどこがいけないのか』
読んだキッカケ:
元生徒の大学推薦における課題図書だった。
高校側から要約の練習をさせられていて、「要約が分からん」と相談を受けて本書を手に取る。
評価:
ちくまプリマーという観点から星3
★★★☆☆
私個人の好き度合い星4
★★★★☆
ちくまプリマー新書は今回初めて知りました。primerという名前だけあって「入門書」扱い、ヤングアダルトを対象とした新書なんですね。あれかな、岩波ジュニア新書と似た類なのかな。
この本を探していた時はプリマー新書の意味をあまり考えていなかったので、他の新書の題名は見ていなかったんですが、検索をかけてみると、最近話題の言葉が題名になっていたり、偉人伝があったりなど、若者に対して訴えている印象でした。手に取りやすいような題材にしているのかな。
さて、実際にこの本どうだったのか、というところなんですが・・・
まずプリマー新書ということで中高生が読むという視点から見て見ると・・・正直、一般的な中高生にとってはかなり読みにくい本であると思います。
一般的な中高生とは?
そもそもこの本を手に取るキッカケになったのが、元生徒が指定校推薦で受ける大学の課題図書だったということなんですけどね、その大学がいわゆる偏差値のランキングでいうと、かなり下の方の大学だったわけです。申し訳ないけれど、ガンガン受験勉強をして入るような大学ではない。どちらかというとほぼ推薦とか、3年生になってどこか入れるところないかな?ってなった時に、「あ!ここならなんとかいけるかぁ」ってなるようなトコロです。
語弊があると困るので訂正するとすれば、この大学をディスってるわけではなく、偏差値という価値観で事実を述べているだけです。元学習塾側の人間としては、やはり誰もがわかる基準として「偏差値ランキング」をあげてしまいます。そうすると、「うーん、まぁ下位校!」ってなっちゃうんですよね。
話は逸れましたが、そういういわゆる下位校を受ける学生の素養というのはそれほど高くはありません。中には博学な子もいるでしょうが、そういう子は稀です。私の元生徒も教養のあるタイプではありませんし、一般常識の知識も昔はかなり低い子でした。そういう学生たちに対して、この本を課題図書に挙げたことはかなり強気に出たなぁ。と思いました。
これは何の意味を持っているのか。「このくらいを読めなければ大学生にはなれんぞ!」という教員のある種プレッシャーなのか?色々考えてしまいました。しかもこの本の名前が、『従順さのどこがいけないのか』ですからね笑
そういう意味で「一般的な中高生」としていますが、高校1年からガンガン受験に向けて勉強しているような子以外の一般的な中高生たちにとっては、なかなか難しい一冊なのではないかなと思いました。それを考えると、まだ岩波ジュニア新書の方が易しいのかもしれません。
感想:
全部で6章からなり、ページ数は224とジュニア向け新書としてはやや長めなのかな?
個人的に好感が持てたのは、視野の広がりを持って読めるということ。淡々と簡潔に書いているのではなく、文章に動きをもたらしているというか、読んでいて映像が浮かぶような書き方をしてくださっているというんでしょうか。
本を読んだことのない人や、読み慣れていない人にとって一番辛いのは、とにかく見慣れない文字の羅列だと思います。それも小難しいことについて淡々と書いていれば嫌になってくるか、眠くなってくるか、文字を追っているだけで頭に何も入らないか。
そういった本を「静」とすると、これは「動」なのかなと思いました。
本書の初まりは高校生の地球温暖化に反対する運動についての言及から始まります。そこにグレタ・トゥーンベリの運動について触れ、映像を呼び起こさせてくれます。ただただ自分が知らない国で高校生が起こすデモの話だけでは、興味が湧かないかもしれませんが、どこかで見たことがある、聞いたことがある話題が一つ入るだけで、映像として思い浮かべることができます。実際に、私の元生徒もこの部分で、グレタさんの映像が頭に思い浮かび、「あんなことをニュージーランドではやっているのかなぁ」と思ったそうです。
本書にはこうした例がたくさん出てきます。上述のような身近な話題であったり、興味深い問題であったりと、折に触れて文字に映像を追加させてくれるのです。それは例えば関連図書や著名な学者たちの言葉や心理学実験の内容はもちろんですが、映画だったり音楽だったりと、題材に関わりがある具体例を多くの分野から紹介して書いています。こういった具体例は私たちの理解をより一層助けてくれ、「あ、こんなのがあるんだ?それなら観てみようかな、読んでみようかな。」という気持ちにもさせてくれます。本だけではなく歴史的な出来事や映画の紹介もしてくれていると、より一層世界が広がっていく気持ちにさせてくれるので、とても好感が持てました。この本を読んでいてちょっと頭に浮かんだのが、福岡伸一でした。彼の著書は叙情的に始まったりするんですよね。それが私にとってはツボだったりします。小説ではない本で情景が目に浮かぶって素晴らしいと思うんですよね。また、一つに留まらずあらゆる分野から視点を変えて見ることができる、そういう人やそういう本って良いですよね。
参考文献や資料のあげかたはある意味名著を読むための導入本という考え方もできるのでしょうか。そういう意味ではプリマーの名の通りなのかもしれません。
この本が書いている「従順さ」についてや日本や日本人の特性に関しては読んでみるのが良いと思います。詳しい内容についてはamazonのレビューで素晴らしいのが何個かありましたから、そちらを参照するのが良いでしょう。
本を読んでいて思考するきっかけになった大きな部分が2つ
気になったのは、アイヒマンとハンナアーレントの部分。
個人的にアイヒマンについての著書は何冊か読んでいるので、やはりハンナアーレントにも行き着くわけです。勿論映画も視聴済み。
心理学の関係でもアイヒマンの話はよく出てきますが、彼のことについては中高生は知らないだろうなぁと思いながら読んでいました。
ウクライナ事情から「戦争」が再び近い出来事になってきている今、私たちは色々な側面から「戦争」について考えなければいけないわけです。遠い海の向こうで起こっている他人事ではなく、この戦争が今に始まった事ではないことや、決して日本に関わりがないわけではないということも、私たちが子供達に考える機会を与えなければならないと、再確認もしました。
そしてもう一つ考えたのは日本が「市民革命」を経験していないということ(ここでは、明治維新が市民革命だったかどうかという論争は省きます。あくまでも私個人としての意見です)。結局のところ日本は民主化を勝ち取ったわけではなく、植え付けられたものという感覚が大きく、選挙も機能していないと私は思っています。子供達に社会を教える際に困るのがこのあたりの事です。特に日本は政治的な話はタブーとされており、あまりおおっぴらに語るとどこから槍が飛んでくるか分かりません。例えば生徒の親御さんが右向きなのか左向きなのかにもより話が変わってきますから、大きな声では話せないのです。ただそれでも生徒には言いますけどね。今の日本を作るのは私たち一人一人なのだから、声は上げねばならないし、行動はしなければならないと。だからこそ選挙は行かなければならないし、政治に対して前向きに捉えないといけないんだよ、と。
『従順さのどこがいけないのか』は、頻繁に私たちに考える機会を与えてきます。
私たち一人一人が従順であることを要求してくる世の中に対して、「不服従」の意思を表明することが必要であることや、「黙認者」とならないことを諭してきます。しかしながらそれは簡単にできるでしょうか。正直それが悪いことだと思っていても、声を上げることは私には難しいです。つい最近も目の前で紙くずを捨てる人を見ましたが、それを注意できない。悪いことだとはわかっていても、その後のことを考えてしまい行動には移せません。そういったことは生活の上でよくある事だと思います。小さなことから変えていかなければならないのでしょうが、「触らぬ神に祟りなし」とはよく言ったものです。
諺や大人たちから教わってきた「しきたり」なんかを見ても、どこか後ろ向きが多い気がする日本文化。それがある種の美徳でもあり、だからこそ日本は抑圧心理が働きやすいのかもしれない、そして私たちには「諦念」というある種の仏教用語も刻まれています。決して諦めが悪い意味ではないというのもあり、どこか言い訳にしている部分もあるのかもしれません。
この本を書かれた将基面先生はニュージーランド在住のようで、日本文化からは離れた暮らしをしているようです。外から見る機会がある先生にとって、日本の今の現状は改善しなければいけないように映っているのだと思います。それは私も思うことは思うのです。ただ、中から見たときに、改善したくてもできない部分をいかに直していくのか、そこがこれからの私たちや私たちの子世代の課題なのではないかと思っています。
この本は子供達が読むというよりも、30代や40代が読んでこそ意味を持つのかなと思いました。私たちが読み、より今の状況を省みて子供世代に伝えていきたい、そんな本でした。
プリマーとしてはどうなのかな、とは思いましたが、良書だと思います。
将基面先生の他の本も気になりましたので、その内読むつもりです。
気になった参考文献と資料
本
悪の凡庸さ
空気の研究
自発的隷従論
コモンセンス
アンティゴネー
精神現象学
日の名残り
動物農場
諫言
葉隠
葉隠入門
義務論
自己責任の論理
ウォールデン、市民的不服従
海の沈黙
義務論
宗教と資本主義の興隆
服従と自由についての省察
日本国民のための愛国の教科書
反暴君の思想史
映画
白バラの祈り ゾフィーショル最期の日々
七人の侍
真実の瞬間
影の軍隊
ルシアンの青春
終電車
善き人のためのソナタ
ワルキューレ
歌
ラ・マルセイエーズ
君が代
海行かば
人
ハリエットタブマン
]最近生徒にあげて喜んでいたフォロ。自分用に黄色も購入。